<Clinical scenario>
50代女性、手指の関節炎のため紹介された。
諸検査の結果、関節リウマチ(RA)と診断した。
軽度の下腿浮腫を認め、甲状腺機能もオーダーしていたが、TSH 7.0 mU/L, free T4正常。
陰性;倦怠感、寒がり、便秘、筋痛、体重増加
喫煙歴、高血圧、糖尿病、低HDL-C血症なし。虚血性心疾患の家族歴なし。
(症例は架空です)
< 疑問、発生!>
TSH 7.0の潜在性甲状腺機能低下症(※)を治療すべき? それとも経過観察?
(※)潜在性甲状腺機能低下症(Subclinical hypothyroidism)とはFT4低値、TSH高値の状態と定義されます。
<Uptodateにて>
Subclinical hypothyroidismを読みます。
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SUMMARY AND RECOMMENDATIONS
・私たちはSCHの患者でTSH>10 mU/Lの患者には甲状腺ホルモン(T4)の治療を勧める。TSH 4.5-10の非高齢者で甲状腺機能低下症の症状を有する患者にもT4の治療を勧める。TSH 4.5-10mU/Lで甲状腺ペルオキシダーゼ抗体が高い患者にはT4の治療を考慮する。そういう患者は明らかな甲状腺機能低下症や甲状腺腫に至ることが予測されるため。
・SCHでTSH4.5-8 mU/Lの>70歳の高齢者には治療をしない事を勧める。利益が明らかでなく、また不注意なovertreatmentによる心血管系の罹病率、骨格筋の病気の罹患率に関連するかもしれないからだ。
・合成サイロキシン (T4)は甲状腺機能低下症の是正のための選択肢となる治療法である。高齢者と心血管系疾患を有する患者には最初のT4の投与量は通常25-50mcg/日。このアプローチによってovertreatmentを避けることができるであろう。甲状腺疾患の病歴のない若い患者には代賛となるアプローチとしてフルの補充のための投与量(1.6 mcg/kg/日)よりも少し少ない量で治療するという方法がある。治療のゴールは患者のTSHを年齢補正の正常値の半分以下に下げることだ。
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<Uptodateの孫引き>
Cardiovascular disease —
United Kingdom General Practitioner Research Databaseの解析において、虚血性心疾患のイベントの頻度はレボサイロキシンで治療された40―70歳の個人において低かった(4.2% vs 6.6%; HR 0.61 [95% CI 0.39-0.95])[86]。しかし、>70歳の高齢者では治療の利益はなかった(12.7% vs 10.7%; HR 0.99)。サイロキシンが一旦開始されるとovertreatmentによる心血管系イベントのリスクがあがるかどうかは分かっていない。とくに高齢者においては。したがって、SCHの患者において甲状腺ホルモンの補充が心血管系のアウトカムを減らすかどうかを評価する臨床試験が必要なのである。
→ 文献[86]に飛びます。
Levothyroxine treatment of subclinical hypothyroidism, fatal and nonfatal cardiovascular events, and mortality.
Arch Intern Med. 2012 May 28;172(10):811-7.
レボサイロキシンによるSCHの治療と致死性・非致死性心血管イベントと死亡率
BACKGROUND
SCHは虚血性心疾患(IHD)に関連する;しかし、レボサイロキシン塩によるSCH治療がIHDのリスクを減らすかどうかは分かっていない。この試験の目的はレボサイロキシンによるSCH治療とIHDの罹患率・死亡率との関連を調査すること。
METHODS
United Kingdom General Practitioner Research Databaseを用い、2001年に登録された新規のSCH (TSH 5.01-10.0 mIU/L、free Thyroxine正常)の患者を2009年3月までのアウトカムと一緒に検出した。全ての解析は若年層(40-70 years)と高齢層(>70 years)に分けて行った。IHDイベント(致死性・非致死性)のハザード比を伝統的なIHDの危険因子、血清TSH値のベースライン、時間依存性共変量としてのレボサイロキシンの開始にて補正して計算した。
RESULTS
・SCHは40-70歳が3093人、>70歳が1642人。
・7.6年のフォロー期間の中央値において、40-70歳で52.8%、>70歳で49.9%がレボサイロキシンで治療された。
・IHDは40-70歳で治療群68/1634 (4.2%)、vs 無治療群97/1459 (6.6%) (multivariate-adjusted HR, 0.61; 95% CI, 0.39-0.95)。
・反対に>70歳では、治療群104/819 (12.7%) vs 無治療群88/823 (10.7%) (HR, 0.99; 95% CI, 0.59-1.33)。
CONCLUSIONS
・レボサイロキンによるSCH治療は40-70歳ではIHDイベントの減少に関連するが、>70歳では明らかでない。
・心血管系のアウトカムを調査するため、SCHにおけるレボサイロキシンに関する適切な規模のRCTが必要である。
Figure 2 A
SCHをレボサイロキシンで治療された群、無治療群におけるIHD(致死性・非致死性)のイベントの多変量補正後の累積プロット。40-70歳の患者においてp=0.02。多変量解析は年齢、性、BMI、社会経済的スコア、総コレステロール値、TSH値、喫煙、収縮期・拡張期血圧、糖尿病歴、時間依存性共変量としてのレボサイロキシンの使用にて補正した。
<リウマトロジストのコメント>
コモンで大切なテーマですが、エビデンスが乏しい領域なのですね。
この結果をもとに、Number needed to treat(NNT)を計算してみます(※)。
中央値7.6年のフォロー期間において、IHDの頻度はグラフ上5.1%→2.9%に減少します。
NNT = 1/(ARR)
= 1/(0.051 – 0.029)
= 45.4
→46人
この結果をこの患者さんに説明してもよいでしょうか?
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版によると、50代女性の冠動脈疾患による10年間の死亡率は< 0.5%とされています。単純比較はできませんが、日本人の50代女性ではIHDの有病率が低いと思われます。
IHDの少ない集団では、ARRが小さくなり、NNTが大きくなるため、この薬の効果が薄まることが予測されます。あるいは、有意差がなくなってしまうかもしれません。
(※)NNTは本来ならRCTの結果で得られたデータをもとに計算されるべきものです。しかし、今回のテーマでは、このコホート研究より良質なエビデンスはないため、このデータで計算します。コホート研究ではさまざまな交絡因子が考えられるので、大まかな目安として考えてください。実際のIHDの頻度は6.6% vs 4.2%でしたが、せめて、多変量解析されたグラフの目分量を用いました。
< こたえ >
日本人のRCTの結果ならいいのですが、英国のコホート研究における効果をこの患者さんに応用することはできないと判断しました。
また、UptodateのSummary and RecommendationにあるようにOvertreatmentのリスクも避けたいところです。
<Scenario caseの経過>
軽度の下腿浮腫は経過観察とし、TSH 7.0のSCHの治療はしないこととした。
ペルオキシダーゼ抗体の測定を追加し、高値なら治療を検討することにした。
(下腿浮腫を甲状腺機能低下症によるものととらえれば治療してみてもいいとは思いますが)